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市川美織の過去の下積み時代が壮絶だった!

アイドル戦国時代と呼ばれる昨今。売れている、いないに関わらず、アイドルを夢見て奮闘している彼女たちの努力には頭が下がる思いがあります。

そのアイドル戦国時代の先駆けとなった、AKB48のメンバーにも、想像し難い苦労を積んできた過去をもった女の子達がたくさんいます。
中でも今回紹介したいのは、みおりんこと市川美織さん。
「フレッシュレモンの子」と言えば、知ってる方も多いのではないでしょうか。

きっかけはスカウト

市川美織

出典:マイナビニュース

頭囲45cmの小さな顔に、フレッシュレモンになりたいと言う独特のキャラ。
彼女が芸能界に足を踏み入れたのは、小学5年生の時。原宿を歩いているところをスカウトされたのがきっかけでした。

4年間在籍したその事務所では、受けたオーディションは100本以上
それでも合格できたのは数回だけ。それもエキストラ同然の仕事や、雑誌に小さく載った程度でした。

そうこうしているうちに、事務所からの契約解雇を告げられてしまったのです。
その夜、一番近くで励まし、応援してくれていた母親が声を押し殺して泣く姿を見てしまった彼女は、また次の一歩へと踏み出します。

しかし、二つ目の事務所からも二年も経たずうちに「もう契約更新はできない」との電話が。これにはさすがの彼女も母親には言い出せず、レッスンのある日はレッスンに行く振りをし、公園でただ時間が過ぎるのを待っていました。

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芸能事務所からのリストラ

まるでリストラされたサラリーマンが、家族に言い出せず、なんら変わりなく家を出て公園のブランコを揺らしている姿と同じではないですか。

まだ10代の女の子の肩にのしかかるには、大きすぎるくらいの不安だったでしょう。笑顔で玄関を出た彼女はきっと、母親への後ろめたさに心を痛めていたのではと思います。

それから二ヶ月後、AKB合格の吉報と共についに彼女は母親に今までの経緯を打ち明けました。悲しいような、嬉しいような複雑な表情を浮かべた母親、それでも今は二人で笑い話にできるくらい、彼女の成長と頑張りにはこれまで以上に応援したくなるエピソードでした。

どんなに辛いことがあっても諦めなかった夢。果たして自分にはそんな夢やそれを掴むための努力を持ち合わせていたのか。アイドルという厳しい世界で輝く彼女たちが伝えているものは、決してパフォーマンスだけではないのではないかと思います。

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